2008年11月1日土曜日

田母神俊雄航空幕僚長更迭

立場のある人とはいえ、一個人の言論が封殺された。

空自の田母神俊雄航空幕僚長が民間の募集論文に応募した論文の内容を巡って更迭人事にまで発展した今回の事件。防衛相の対応は、政府内の価値観の硬直化を示す出来事だ。

日経ネットの記事
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20081101NTE2INK0731102008.html

政府の対応について:
一つの組織の中で、意思統一のために意見を異にする者を更迭することはあり得るだろう。政府という組織が内部でそれを行ったとしても、即、言論の自由が踏み躙られたとは言えないかもしれない。しかし政府が他の組織と異なる点は、政府というのは国民を代表する組織であり、(本来は)ある特定の利害関係者のための組織ではない、ということだ。

国民に言論の自由がある国に於いて、その代表である政府内で言論の自由が無いのは極めて歪な構造である。国民という多様な価値観をもつ集団の代表であれば、政府は多様な価値観を集約した組織であってほしい。政府が一方的な価値観に支配された時どのような結果になるのか。それが右であれ左であれ、あまり好ましい結果になるとは思えない。


歴史認識とは:
今回の出来事は、田母神氏の歴史認識にケチがついたものだ。では、歴史認識に正しいも誤りもあるのか?

過去に起きたことの”事実”は一つ。しかしその事実を全て知っている人はいない。結局のところ、人それぞれがそれぞれの知識で”真実”を組み立てていくしかないのだ。それを”歴史認識”と呼ぶ。事実誤認でも無い限り、正しいとか、間違っているとか言う類のものではない。

政府の歴史認識が何であれ、それが事実の全てではない。歴史認識は人の数だけあり、その全てがその人にとっての真実であると同時に、その全てが事実の全てではない。我々にできることは、まずその事実を認識することだ。

相手が異なる歴史認識を持っているということは、相手は異なる”事実のカケラ”を知っているということだ。それが何かを知れば、自分の歴史認識もより一層深いものになっていくだろう。そして同時に、事実の追求に終わりが無いことにも気づくだろう。

歴史とはさながら底なし沼。その深さを知れば己の浅さも見えてくるというもの。その浅さにも気づかぬ者は、到底深みにたどり着くことなど出来はしない。



田母神氏の論文について擁護するつもりも非難するつもりも無いが、興味深い内容であることは間違いない。小生の知らなかったことが次々と出てくる内容に、知識欲を激しく刺激される。


願わくば、多様な価値観・歴史認識を受け入れられる社会であらんことを。



参考:アパグループ第一回「真の近現代史観」懸賞論文(田母神俊雄氏の論文が掲載されている)
http://www.apa.co.jp/book_report/index.html



追伸:
「背広組幹部は『言いたいことがあっても、解散が延期され野党が攻撃材料を探している中では、やはりタイミングが悪い。イラクからの空自部隊撤収が12月にあるのに』と心配していた」(引用:毎日.jp - 本田健)
その背広組幹部がどこまで本気で言っているのかはわからないが、”選挙対策”だったのだとしたら、レベルの低さにあきれて言葉がない。

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